日本の公設先物取引を知ろう

先物取引とは

先物取引の歴史

先物取引の歴史は、1620年代、大阪の堂島に米市場ができたことから始まったようです。
約1世紀後の1730年代、徳川吉宗の命で幕府公認として大岡越前が世界初の公認の米の先物市場である帳合米取引が誕生しました。
当時の日本の経済は米でした。
特に近畿地方は大きな都市でしたので、消費量も多く人口に対して米は不足していましたし、実際に米を運ぶ大きな港もありましたので、市場としては最適な場所でした。
年間の米の役4割は大阪で取引されていたといわれています。
それに目をつけた商人である淀屋が米市を作ったのです。
大阪の淀屋橋の袂の淀屋米市には、米の蔵屋敷が100棟近くあり、毎日大きな商いが行われました。
当時から先物取引の原形、証拠金制度の導入がされていたようです。

商品先物取引市場の役割について

商品が生産されると、売買する市場で自由に値段を決定して売買されます。
市場で商品がたくさんあれば価格は下がりますし、不足すれば、価格が高くなります。
しかし、不安定な価格が続くと、経済自体が安定しませんよね。
そこで価格が変動するリスクに対して、売りヘッジ(現物取引で買ったものを先物取引で売り)、買いヘッジ(現物取引で売ったものは先物取引で買い)、リスク回避をしていくのです。
こうしたヘッジ・システムは、生産者が、商品の値崩れによる損失の可能性を低くしていきます。
また、生産と消費以外に生産コストによる値段の変動に対して、商品先物取引市場での取引によって価格形成が行われます。
それによって価格がより公正となり、急激な値動きも調整されることになります。


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